嵐のおかげで退廃とした夜が、狂乱の宴に変わった話

スポンサーリンク

Are You Happy?(通常盤)

 

 

ゲームチェンジャー

「今年度の当社の売上はxxxで昨年度から微増、依然好調と言える。

 

これは、ひとえに従業員の皆さんの頑張りのおかげ....

 

我々は長年xx業界を引っ張ってきた....

 

しかし、現状に満足するつもりは毛頭ない。

 

...今後は既存の概念に囚われることなく、新たな市場を創出して....

 

そう、これから我々は新たな分野に飛び込み、

 

『ゲームチェンジャー』となっていくのだ」

 

 

 

所内の従業員は広いホールに集められ、お偉いさんの報告が中継で行われていた。

 

お偉いさんはその偉さ故に、世界中を飛び回っているので、時々こうして中継での報告会となる。

 

隣を見ると、同期がウンウンと頷きながらメモを取っていた。

君はきっと偉くなる。

 

反対側を覗いてみると、別の同期がコックリコックリ、頷いていた。

昨夜は合コンが盛り上がったらしい。

 

 

私はといえば、なぜだか大学時代のとある夜を思い出していた。

 

 

大学時代は、退廃の空気にいつも包まれていた。

 

と言っても、ほんの数年前の話だ。

 

理系の学部に通っており、実験で夜が遅くなることもあったし、

 

レポートも沢山出たので、比較的忙しかったのかもしれないが、

 

今考えてみると時間はいたる所にあった様に思う。

 

ちょうどテストも終わり、レポートも一段落したので、

 

友人達と私の一人暮らしのアパートでだらだらと過ごしていた。

 

時刻はまだ18時過ぎ。早くも暇を持て余していた。

 

 

友人Aは床に寝っ転がって漫画を読み漁り、

 

BとCはこたつに入りながら、スマホのゲームをやっている。

 

私はイヤホンを耳につけ、音楽を聴きながらソファで仰向けになっていた。

 

 

酒を飲みたい奴は勝手に飲むし、ジュースがよければそれを飲む。

 

乾杯などという形式的なことは誰もしない。

 

お菓子の袋は封を開けられ、こたつの上に置かれている。

 

テレビからは、嵐が軽快なリズムとダンスを披露する、某有名スマホアプリゲームのCMが流れているが誰も見ていない。

 

知り合って3年にもなると、誰も気を遣わず各々が、やりたいことをして過ごす。

 

数十分ほどした所でAが「トランプやろう」と言い出した。

 

 

 

暇を極めた者達が辿り着く境地、トランプゲーム。

 

私達は退廃した大学時代の中で幾度となく、この境地に達した。

 

誰もAの提案を却下するだけの代案を持ち合わせていなかったので、無言で承諾した。

 

毎回「大富豪」をやっている気がするという事で、「ババ抜き」をすることになった。

ババ抜き

ババ抜きというゲームをご存知だろうか?

 

知らない人は少ないと思うので、ルール説明は省略するが、

 

とにかくババ(ジョーカー)を引かないようにするのが基本となる遊びだ。

 

ゲーム序盤は、さっさとペアを揃え、手札を減らす。

 

とにかく淡々とゲームを進めていく。

 

このゲームの面白さは終盤、手札が少なくなってくる頃。

 

ババを引く確率が高くなってからが勝負の始まりだ。

 

突然手札をシャッフルしだす者、相手の目線からババの位置を推測する者、

 

背中の方でシャッフルしてみたり、手札の中で1枚だけ高さを変えてみたり

 

さぁお主はどのカードをひく?本当にそれでいいのか?

 

心理戦が始まる。

 

 

 

ゲームのルールはシンプルだが、シンプル故に創意工夫し、楽しむ。

 

それがババ抜きの醍醐味だ。

 

 

 

私がシャッフルしたカードを配り終わり、ゲームスタート。

 

回り順は

私←A←B←C←私←A・・・

という具合にAは私のカードを引き、Bにカードを引かれる。

 

自分で配った私の手札の中にババがあった。

 

序盤は淡々とカードを引いては、揃ったペアを捨てていく。

とにかく今ババがあろうと関係ない。手札が少なくなった終盤が重要なのだ。

 

などと考えていたら、私の手札にあるジョーカーのカードをAが引いた。

 

 

 

 

 

A「プッチョヘンザップ イェイェイ WOW WOW WOW」

 

Aが突然唄い出す。

 

知り合って3年、Aのこうした突然の奇行には、みんなもう慣れっこだ。

 

誰もツッコむことをせず、何事もなかったかのようにBが言う。

 

B「はやくカード引かせて」

 

しかし、Aはニヤニヤしながら一向にカードを引かせようとしない。

 

A「ババ引いた。これからババ引いた奴は今の曲を唄うルールにしようぜ」

 

まだゲームも序盤。みんな手札はたくさんある。

 

 

 

C「B、別にやらんでもいいからな」

 

私も同じ事を思っていた。

 

Bはとても真面目な性格で、普段からあまりボケたりツッコんだりはしない。

 

しかし、その温厚で聞き上手な性格から私達の仲間内だけでなく、他のコミュニティでも信頼が厚く、サークルでは確か副代表を務めていた。

 

そして、Aの手札に指をかけるB。

 

Bは引いたカードをちらっと見た後、一瞬の沈黙を置いて、

 

 

 

B「ぷっちょへんざっwowow ぃぇ...」

 

 

羞恥心と律儀さの狭間で悩んだ挙句、かろうじて律儀さが勝った。

 

B、君は律儀を歩かせた男。ウォーキングオネスト。

 

しかし、途中で羞恥心が怒涛の追い上げをみせ、なんとも中途半端な形になってしまった。

 

そんなBの愛らしさを誰もが感じ、みんなで爆笑した。

 

 

A「なんだよwww最後までやりきれよwww

あと、wow wow イェイイェイじゃないから、イェイイェイ wow wow wowだからな、順番間違えんなよ」

 

注意しているが、Aもとっても楽しそうだ。

 

 

その後はみんなババを引く度に、

 

「Put your hands up  イェイイェイ WOW WOW WOW」

とノリノリで唄い出す。

 

 

いつからか、唄うだけでは飽き足らず、左右の拳をリズムに合わせて、天上目がけ交互に突き上げる。

 

 

とにかく全力で唄い、踊り狂うAと私。

 

ようやく羞恥心がなくなり、奇妙なダンスを楽しみ始めるB。

 

 

ババを引いていないのに、踊りながら唄い出し「そういうの、いらんから」とAに割と強めに怒られるC。

 

 

みるみるうちに、ババ抜きの様相は変化していった。

 

 

俺にババをよこせ。

 

プッチョヘンザップを踊らせろ。

 

皆、血眼でカードを引き合い、ババを引いては唄って踊り、

 

ババを引けなければ、うぁーっと全身で悔しさを表現する。

 

 

ゲームも中盤から終盤に差し掛かり、手札の枚数も徐々に減ってきた。

 

手札の減少に伴い、ババを引く頻度は高くなり、結果としてプッチョヘンズアップも増えていく。

 

 

汗をかき、息を切らし、それでもカード引き続ける。

 

 

意図せずAというゲームチェンジャーによって、退廃とした夜は一変、狂乱の宴へと変化していた。

 

 

ここで、私の手札からAにババが回り、

今日1番のプッチョヘンザップを全力で披露するA。

 

疲労からくる苦悶の表情を浮かべながら、

それでも全力で拳を天井へと突き上げる。

 

冬場だと言うのに、乱れた髪からは汗がほとばしり、一瞬スローモーションに映るその様子にこれは夢か現かと思いながら眺めていた。

 

 

 

 

ドンッ!

 

 

突如、静寂に包まれる室内。

 

 

 

私達は宴に酔いしれるあまり、私の家の唯一、絶対不可侵のルールを知らず知らずのうちに破ってしまっていた。

 

 

 

「隣人を怒らせてはいけない」

 

 

 

なぜなら隣のお兄さんはとっても怖そうなのだ。

いや、隣のお兄さんが怖そうでなくても、騒ぎすぎるのはよくない。

集合住宅に住む者の常識だ。

 

 

 

 

A「いやー、なんか腹減ったな。トランプも飽きてきたし牛丼食いいくか」

 

 

先程まで踊り狂ってたのが嘘のように、落ち着いた口調で提案してくる。

 

確かに腹が減った。みんなの意見が一致したので私達は家を出て、駅前へと向かった。

 

 

 

 

 

Aというゲームチェンジャーによって、突如開催された狂乱の宴は、怖いお兄さんという圧倒的かつ暴力的なゲームの支配者によってあっけなく幕を閉じた。

 

 

 

 

 

後日、志半ばで挫かれた宴の続きをやろうという話になり、みんなウキウキしながらやってみたが驚くほど盛り上がらず、2度とこのルールが繰り返されることはなかった。

 

 

 

 

 

勝負の世界はいつだって『NOW or NEVER』なんですね。

 

なんつって。

 

おわり