あなたの月曜日、来させません

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日曜日、夜

逃げていた

 

時刻は1月27日、日曜日の22時ちょうど

 

あと2時間もすると、またあいつがやってきて、

8時間後には鉛色した朝がやってくる

 

これまで、どれだけこの憂鬱を繰り返し、

これからどれだけ繰り返すのだろうか

 

そんな無意味な思考を止めるために、

夜の街に繰り出し、酒を飲んでいた

 

 

そろそろ、帰って寝るか

あまり、遅くまで飲んでいると翌日に支障がでる

 

社会人8年目

 

翌日のことを気にせず、浴びるように酒を飲むほどの

体力も、気力も薄れていた

 

「ありがとうございましたーっ」

 

大学生くらいの女の子のハキハキとした声を背に受け、

居酒屋の店を出る

 

先程までいた店内の暖かな空気とは打って変わり、

1月の寒気が全身に突きささる

 

自宅までは電車に1駅ゆられ、

最寄り駅からまた歩かねばならい

 

寒さを避けるように無心で駅へと歩を進めた

占いおばば

駅へは商店街を抜けて行くと早い

おまけに、多少なりとも

風を避けることが出来るので好都合だ

 

田舎の商店街なので、この時間にはどの店もシャッターを下ろしている

 

商店街を中程まで来たところで、1人の女性が目に入った

老婆といったほうが正確かもしれない

 

シャッターの下りた店と店の間に薄汚れたテーブルを置き、

今にも崩れそう木製の椅子に背中を丸めて座っている

 

 

「あなたの手相、占います」

 

 

そんな謳い文句が書かれた紙がテーブルに貼られているのだろう

そう思って、歩く速度を落とすことなく老婆の前を横切ろうとした

 

 

 

 

が、薄汚れたテーブルに貼られた文字を見て思わず足を止めた

 

 

「あなたの月曜日、来させません」

 

 

ボケたな、ばあさん、早く帰らないと風邪ひくぞ

 

平日の夜に見かけていたら、

そんなことを思いながら通り過ぎただろう

 

 

しかし今日は、日曜日

 

 

あと2時間後にはあいつはやってきて、

8時間後には鉛色した朝がやってくる

いや、もう8時間もしないうちにやってくる

 

とにかく、少しでも「今」を伸ばそうと、老婆に声をかけた

無論、期待などしていない

 

「この張り紙に書いてあること、本当にできるの?」

 

平日の昼間にみせる使い古した愛想の欠片もなく、

あいさつもなしにぶっきらぼうに聞いた

 

「......................はい。2000円です」

 

想像よりも若い声と、妙に現実的な価格設定に

思わずふっと鼻で笑ってしまった

 

「はい、これ2000円。これで頼むよ」

 

「確かに頂戴しました。

それでは、あなたの月曜日を来させません」

 

声以外は、どこを見ても老婆である

どんなに甘く見積もっても70歳は越えているだろう

 

「難しいことはございません。

これから、お話しすることを理解していただき、

正確に実行していただくだけです」

 

「酔っぱらっているから、簡単なので頼むよ」

 

「至って、簡単でございます。強く望むのです」

 

「月曜日が来ませんように!ってか?いっつもやってるよ、それこそ毎週ね」

 

「いいえ、逆です」

 

「ぎゃく?」

 

「こんな経験はございませんか?

とても楽しいことをしている時はあっという間に時間が過ぎてしまう

あるいは、

退屈な時間を過ごしているときに、早く終われと思えば思うほど長く感じる」

 

「まぁ、あるよ。平日は死ぬほど長く感じるのに、

休日は一瞬で過ぎて行ったりね。。。

 

なるほど、つまり

「月曜日早く来い」と願えば、月曜日は中々来ない、、、ということか」

 

 

「物分かりがいいですね。それからもう一つ

心から強く願うことができたら、人差し指を私の方に向けてください」

 

 

バカバカしい2000円を無駄にした

 

内心そう思いながら老婆の方に人差し指を向けた

 

 

「もう少し強く月曜日を意識してください」

 

うるせぇなと思いながらも、

既に帰りたくなっていたので心の中で唱えてみた

 

 

月曜日、早く来てくれ

 

 

不思議と無心になれた

そして、ゆっくりと老婆の方に指を向けた

 

すると老婆は俺の人差し指に自分のよぼよぼの人差し指をくっつけた

 

それからとても老人のものとは思えない力で、

人差し指を振りぬき、俺の人差し指を弾いた

2と3の間の世界

次の瞬間、目の前が真っ白になったが、

すぐにこれまで座っていた薄汚いテーブルが視界に入った

 

何も変わってないじゃねぇか

 

しかし周りを見渡すと、先程までいたはずの商店街などではなく、

 

常識的な考えなど捨てさり、

見たまま、ありのままに言葉にするならばここは

 

 

 

 

だった

 

そして、月の表面に置かれた

薄汚いテーブル越しに座っているのは

先程までいた老婆ではなく、

真っ白なワンピースを着た20歳くらいの女だった

 

女は真っ白なキャペリンハットをかぶり、

帽子の色とは対象的な真っ黒なキレイな髪を肩まで伸ばし、

木製の椅子に座っていた

 

「おめでとうございます、無事にあなたの月曜日はもう来ません」

 

声だけは先程までいたはずの商店街で聞いたものと全く同じだ

 

思考が追いつかず、言葉を発せずにいると

 

「それでは私は、これで」

 

と言って、立ち上がりどこかへ向かって歩きだそうとした

 

混乱する頭を無理やり抑え込み、言葉を絞り出す

 

「ちょっと待ってくれ、ここはどこなんだ。一体俺に何をしたんだ」

 

「ここがどこか、というのは正確には表現できません。

あなた達の世界で、月と言われている場所にとても似ていますが別の場所です。

場所という表現自体正しいか分かりません。

 

そして私は、あたなに月曜日を来させなくさせただけです。

あなたがそれを望んだので」

 

 

「何言ってんだ、おまえ」

 

 

「もう少し詳しく言うと、1月27日の午後10時10分過ぎ、

つまり時計の長針が2と3の間にあるタイミングで、

あなたは月曜日を強く意識した結果、2と3の間に挟まりました。

あるいは落っこちたとも言えるかもしれません。

 

そしてこの世界における、あなたの残りの寿命の長さでは、

元の世界の時計の長針が3を越えることはありません。

結果として、あなたが望んだ通り月曜日はもう来ません」

 

 

「だから、何言ってんだよ。

分かった、落ちたでも、挟まったでも何でもいいから元に戻してくれ」

 

 

「それは私には出来ません。

私は元々この世界の者ですし、

仮に失敗した時のリスクが大きすぎるので怖くて出来ません」

 

 

「なんだよ、リスクって」

 

 

「あなたの元いた世界の時計の長針が

2と3の間に挟まった世界がこの世界です。

 

もし仮に失敗すると、この世界の時計での2と3の間に挟まった世界に落ちることになります。

 

そしてその世界には光も闇も、音すらもなく、

ただただ虚無だけが存在していると言われています」

 

そう言い残すと、女はどこかへ向かって歩いて行ってしまった

一生分の1分

それから、どれくらいの時間が経っただろうか

女の言ったことを何度も頭の中で反芻したが、

理解はできず、信じることもできなかった

 

途方に暮れ、辺りを歩き回ってみることにした

遮るもののない視界の中で、

遠くの方に机のようなものがあることに気づいた

 

近くまで来てみると、それは机ではなく木で出来た化粧台だった

 

化粧台は無機質な空間の中で、妙に人工的な気配を漂わせていた

 

化粧台の鏡をのぞき込むと、そこには元いた商店街が写りこんでいた

 

人通りは、まばらだが駅へと向かう人達が写っていた

 

「おぉぉぉおおおーーーい、

ここだ

誰か、助けてくれぇぇえええ」

 

腹の底から何度も叫んでみたが、

その声が届くことはなく

無機質な世界の中で、虚しく響き渡るだけだった

 

やがて納得し、絶望した

あの女の言っていることはまるで理解できないが、おそらく正しいのだと

 

俺はこの世界で一生を終えるのだろう、

そして俺の一生は元の世界では1分にも満たない

 

 

そう思った途端、不思議と月曜日が恋しくなった

 

そもそも、なぜあんなに憂鬱に感じていたのだろう

 

会社にいくのが嫌だった?

仕事か?人間関係か?

 

嫌にならないような努力を少しでも何かしたのか

自発的に動いたり、自分の意見を主張したことはあったか

 

そんな自問自答を繰り返したが、

今となってはまるで意味がないことに気づき思考を停止させた

 

気がづけば泣いていた

 

 

月曜日、来てくれよ

 

 

心の底からそう願っていた

 

すると、世界がグラグラと揺れ始めた

揺れは段々と大きくなっていく

 

 

 

 

パーーーンッ

 

何者かに左頬を叩かれた

 

揺れはすでに収まっており、涙でぼやけた視界には

あの白いワンピースの女が立っていた

 

「あなたがこの世界にどうやって来たか、忘れましたか?

あなたがもう一つ先の世界を望んでいるのなら、これ以上私は止めませんが」

 

左頬が熱い

 

その熱が、混乱して氷の様に凝り固まった思考回路を溶かしていく

 

落ち着け、

 

つまり、元の世界に戻るには月曜日が来ないで欲しいと望めばいいんだ

 

なんだ、毎週やってた事じゃないか

 

 

月曜日なんて来るんじゃねぇ

 

 

これ程までに、心無く願ったことがあっただろうか

 

 

再び世界がグラグラと揺れはじめ、次の瞬間真っ白な光に包まれた

そして日曜日、夜

気がつくと、公園のベンチに座っていた

 

キョロキョロと周りを見渡すと、見た事のある風景だ

 

どうやら自宅近くの公園らしい

 

やった、成功したんだ

 

戻って来たぞ

 

来る

 

来るんだ

 

月曜日が来るぞーっ、バカヤロー

 

無意識のうちに空に光る月に向かって、思いっきり叫んでいた

 

 

犬の散歩をしていたおばさんが、

怪訝そうな目でこちらを見ている

 

そんな事は関係ない、俺は戻ってきたんだ

 

気づけば彼は自分の家へと走り出していた

 

今夜はぐっすり眠れそうだ

 

 

 

公園に設置された背の高い時計が、走り出す彼を見送っていた

 

 

 

 

 

その時計の「秒針」は、いつまでも2と3の間で止まったままだった

 

 

おわり